古いお噺

寝ながら落語を聞く。

これはあの頭痛の一件以来の習慣となっている。

 

耳に心地よい声なので

まあほとんどが米朝

 

音楽・映画同様

お気に入りの演目のいくつかを交互に。

ちっとも飽きないのが不思議。

 

昨夜、ふと知らない演目が目につき、

それをきいてみた。

“古手買” 今でいう古着屋か。

昔から古着屋はあったんだなあ。

落語本編が始まる前に米朝とアナウンサー(インタビュアーか?)の対話があった。

 

「古いはなしで、あまりやってまへん。サゲもちょっと皮肉でわかりにくい」

というような。

現代のひとにはちょっとわかってもらえんので・・・

とは、米朝はちょくちょく言っているが。

 

噺としては

古着屋に着物を買いにきた客と、店員のやりとり、

その後、店の主人から店員への説教(小言)、

というような筋。

 

昔は

主人(店の経営者)→番頭→小僧

今なら

社長(店の経営者)→雇われ店長(従業員)→店員(ヒラの従業員)

というような感じの構図と

そこへやってくる客との間ではなしがすすむ。

 

わたしは

ヒラの店員であり、自分があきんどでもないけれど

この主人のはなしはよーくわかった。古くても。

「ええはなしやなー」

接客をするということは

その品を売るだけではないんだよね。

人(お客様)をみる。

 

そのチカラというものが大切だから。

ひとりのお客様の先には

たーくさんのひとがいるんだよ。

 

「今日はなんちゅうえらい(徒労の)日やねん。

ケチでけったいなお客さんばっかりで・・・」

もあればその逆に

「今日はええ日やったなあ。

あれこれめんどくさいこと言わんお客さんで

プロパーぱっぱと買っていただけた」

もある。

 

落語を聞いて

くすくす

にやにや

ぷぷっと

いつも同じところで笑うのも楽しい。

でも

こうして

たまに含蓄のあるはなしがみつかるのも

とてもいいね。