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愛とか恋とか


『難問』 2002年4月22日



愛と恋はどう違うの?

そんな質問をされた。
とっさの答えに困った私。
恋は痛いし苦しいということかな、そう言った。
それに突然降ってくると。



20も年下の質問の主はかわいい声で
「そうだね」と。
若かろうが中年だろうが
恋は同じ症状らしい。

愛と恋は別なのだろうか。
愛は日常、恋は非日常、そんな気もする。

愛から恋には移行しにくいかもしれない。
しかし恋から愛には比較的安易に移行していく。
やがて愛は情というものを連れてくる。
そして馴れ合ううちに愛はそのかたちを失い、
情だけがそこに残る。
情を棄てきれない人々は多い。



恋が愛に移行しているのに気づいた時
ひとは何か確かなものが欲しくなる。
恋は不安定、愛は安定。
恋のままでいい、と言えるひとは強い。






『おもうひとには』 2002年8月26日




おもうひとにはおもわれず
おもわぬひとにおもわれて

ああまた来たかとため息の
受信トレイにずらっとならぶ
悪いなあとはおもってみても
気持ちは箱のそとにある
わたしの想うあのひとの
気持ちも箱のそとにある
きっといないとあきらめてても
毎日ひらく別の箱



あいたいあいたいあいたいと
言うより早くあいにきて
必死でこらえていることを
知らないはずはないでしょう



おもうひとにはおもわれず
おもわぬひとにおもわれて

分散しても散らしても
部屋にもどると同じこと
墓場でゆれるひとだまのよう
ひとつのかたちに姿をむすぶ
断ち切るためにと言うくせに
変えない番号消さないアドレス
未練がましく残しているのが
かなしいさみしいなさけない



あろーんあげいん、なちゅらりー
口ずさんでるけどまだ乾かない
うぃずあうとゆー、
あいきゃんとぎぶ えにもあ
なぜこんな歌ばかり思い出す







『直球』 2002年3月22日




バッターボックス!
次は変化球が来るだろうと予想している打者。
そこへ思いがけずズバッと直球を投げ込まれると
「あ・・・」という感じで動くこともできなくて
見送る時がある。
捕手は捕球した位置からしばらくミットを動かさずに
心の中で「!」と思っている。
そんな時投手はキャップのひさしなんかちょっと触って
バックスクリーン方向を何気ないふうで振り返ってたりする。



そんなふうに、
言葉の直球にやられてしまう時がある。
おそらく答えないでかわされるだろうな、とか
曖昧にぼやかされるんだ、とか
あるいは
捕手が立ち上がっての敬遠策。
ずるいといえばずるいんだけど
「まあ、この場合はしかたないでしょうね」
なんて言う解説者。

そしたらいきなり真っ向勝負に出て、
結局一瞬で見送り。



ああ、してやられたり。
とぼとぼとベンチに戻る私なのです。
しかし、しかし、今に見ておれ、星くん(?)
必ずキミの直球をレフトスタンド上段にうちこんでやる。