わたしの夏は終わった

 

暑さは止まないけれど

今年の夏はもう終わった

 

あの“タイブレーク”のように

ノーアウトでランナーを背負って

マウンドに立つところから始まる

そんな日々が続いた

 

ストレスとまではいかなくとも

その種になりがちなものを排除し

手に入れたかったものを手にし

(これはお金で買えるもののことだ)

そんな感じで

一区切りがついた

 

さて

わたしはほんとうに

何を求めているのだろうか

何を手にしたくて

何を目的にして

これからの人生を過ごすつもりなのか

 

「何も考えない」

「特に何もしない」

それが一番難しいことを

わたしは知っている

マッサカリ

先月末から今月にかけ

緊張を強いられる作業や行事が続く

 

そんな中で

呑み会食事会のお誘いも続々

 

熱中症の怖さが

笑って済ませられない状況にもある

「ひたひたと忍び寄る」

 

 

これまで写真嫌い(撮られるほう)気味だったわたしだけれど

自分の写真を残しておきたい

そういう気持ちが切実になり

行動に移し始めた夏だ

 

身近なものたちの葬式が続いたからかもな

 

 

そして先日

ある人にそれを頼んだ

こころよく引き受けてもらえて安堵

 

この先

いつの日か

フレームのなかで微笑んでいたとしたら

それはその人にむけての微笑み

わたしの姿は

その人が見たわたしなのだ

 

大切な写真というものは

そういうことだよ

ね?

赤と青

ニュースと音楽で

今日のわたしは40年前にいた

 

車いすでフィールドに現れたS木さんの姿が

まるで昨日のように目に浮かぶ

 

うなるスタンドでは

ファイターズの応援歌(エイトマンの替え歌)が流れ

 

フェニックスが勝った後には

悔しさのあまり

「S竹~!死んでまえ~~~!」と

ヤケクソの怒号飛び交う

 

 

ルールもよくわからないまま、

わたしはその雰囲気に酔った

 

 

若かった

 

 

12月の甲子園

泣けるほど

今日は素直に懐かしんでいる

 

一日も早い収束、

そして選手の回復を願う

答えはあるのか

ツィッター

おっ!というものがあったので

覚書き。

 

「自己評価の低い女は

どうしてクズ男と付き合ってしまうのか」

 

それに対して

 

「低い自己評価の原因は

能力不足ではなく

強い自己保身感情である」

 

 

なるほど。

 

だけど

なぜそうなるかは

やはり疑問のままだ。

煙たい女

閉店間際に社長がやってきた。

 

いつものことだ。

 

仕事上の指示をあれやこれや受けた後で

手短に世間話をする。

その会話の中で

「アンタは命に執着ないんか」

と驚いたように言われた。

「そうですね。やりたいことはたいがいやったし」

 

先月、わたしは退職届を出した。

口頭で退職の意思を伝えたのは

2月の末のこと。

すぐに、というわけにはいかず

結局5月のシフトを終えた後での退職となった。

 

わたしの願いを聞き届けられた後で

社長とは朗らかに話せるようになった。

向こうも遠慮なく忌憚なく。

 

いつだったか

「アンタは憎たらしいことも煙たいことも言うけど」

とも言われた。

わたしをけなしてるのではなく

評価を込めて、の言葉。

会社にとってはそれも大事なことやしな、と。

 

 

そうかあ、

煙たいんだ、

クスっと笑えた。

 

 

わたしをかっていてくれたであろう社長には悪いけれど

ここでの仕事はあと少し。