桜話

その樹には

女よりも男のほうが似合うと思う

 

 

 

『古木(こぼく)のようなひと』

 

これ、

一応は内緒の話ですよ

 

吉野は
同じバレー部の薄墨先輩のことが好きだったんです

ええそうです、
先輩は男です

知りませんか?この話
同級生の間では有名な話なんですけど

 

 

当時、吉野には恋人もいたんです
同級生の大島さんといって、
これがまたかわいい人で

絵になる二人でね
彼は男前でしたし
末永く仲良く続いていく二人・・・
としか見えなかったですよ

吉野本人にしたって
自分がまさか
同性に惹かれていくことになるなんて
思ってもみなかったと思いますよ

 

 

 

 

その薄墨先輩っていう人は
とりたてて美男ってわけではないけど
不思議な魅力があったんです

隠れた人気はありましたね、
男子にも女子にも

成績は上位で口数は少なくって
身体は大柄でがっしりしてて

よく学年にひとりふたりいるような
生徒会長タイプではなくて
かといって
不良っぽくてカッコいいのとも違う

まあ、バレー部の部長ではあったんですが
事実上は他の部員がリーダーシップをとっていて
彼はもうひとつ上に鎮座してる、
そういった趣がありましたね

 

そう、
どっしりしていて
見ていても安心できる

山里にある「古木」みたいな

 

 

何がきっかけでそうなったのか
それは誰にもわからない

いきなり強い風が吹いて
開ききっていない花を
ざっと散らしていったような感じでしたね

でも、
3年生が夏に引退して
薄墨先輩のあと
吉野が部長をやることになって
個人的にいろいろと親しくしていたのは
みんな知っていたんです

思えばそれからでしょうか

 

 

 

あの年
年内に薄墨先輩の大学への推薦合格が決まって
この街を離れることが決定的になった時
吉野は
隠していた自分の気持ちを
それ以上押さえていることが出来なくなったんじゃないかと
僕らは推測しているんですがね

よほど辛かったんでしょう

彼がそんな気持ちでいたなんて
誰一人気づいてなかったって言っていました

真面目なヤツであるがゆえ、
いやいや、不真面目であっても
まだまだ同性に恋心を抱く自分を
すんなり認める人間は多くないでしょう

ましてや先輩に打ち明ける勇気もなく


僕だって未だに信じられないですよ
死にたくなるほど
同性に恋焦がれるなんて

あいつなら
女友達にだって不自由しなかったろうに

 

 

 

 

先輩の姿を眺めたり
その声を聞いたり
自分に笑顔が向けられる時
胸が痛くなる

これが異性に対するものだったなら
たとえ結ばれなくても
ごくありふれた片想いで済んだのに

相手が同性であったばかりに
吉野はあのように逝ってしまった


三月の末、
まだ寒い頃でした
僕らの高校が遠くに見える
お城の公園の林の中で
吉野は自分の人生を
自分で終わらせてしまったんです

 

 

 

 

あの年は冬が長くって
今のように桜は咲いていませんでした

咲いていなくて、
かえって良かったかもしれませんね
だって、あまりにも絵になりすぎるでしょう?
花のもとにて春死なん、でしたっけ

桜の花びらの上に
かなわぬ恋心を抱いたまま
命を絶って横たわるなんて
あまりにもひどすぎますよ



この季節になると
みんな嫌でも思い出すって言ってます

あんな恋もあるんですねえ

やっぱり僕には分からないですけど


・fin・