父と母

『I漁港』 2002年7月9日


実家から車で西向きに少し走ると
母が生まれた小さな港町がある
瀬戸内海のまた更に内海に面した本当に小さな漁港
これまた小さな山がすぐ後ろに迫り
急な斜面の中ほどを
「七曲り」というその名のままの道路が
くねくねと次に現れる港まで続く


古びた鉄筋二階建ての漁業共同組合があり
そこを中心として半円を描き
小型の漁船や何隻かの個人所有のヨットが
静かに繋留されている
日に焼けた老人の運転する軽四がゆっくりと
そこらじゅうに拡げられた網と
雑多に積み上げられた発泡スチロールの箱のあいだを
走っているだけ


母はこの町のほぼ真ん中にある
小さな商売屋の四女として生まれた
きょうだいはみんなで十人、下から四番目
そして三歳になった頃に実の母親の弟
つまり叔父の家に養子として出された
叔父夫婦は子どもに恵まれなかったからだ



祖父母宅が好きでよく遊びに行った
以前は近所に醤油工場があったので
醤油の匂いがいつも町全体にたちこめていた
そしてもちろん磯の匂いも
高校時代の夏休み、私はスケッチブックを持って
祖父母宅に何日間か泊まって絵を描いた
一番歳の近いいとこと一緒に遊び、(彼女も美術部だったので)
お互いにクロッキーをしたことを懐かしく思い出す


今日、母と一緒に行ってきた
もう今はその家はない
醤油工場があったところには新しい家が建ち
醤油の匂いもしない
ただ、車も入れないほどの坂道だけはそのままで
港へ港へと向かって延びている

港を見下ろす山の中腹にある喫茶店で母とコーヒーを飲み
この町の絵を描こう、近いうちに必ず
そう思った










蝉しぐれ』 2002年8月25日


中学生の国語の教科書を手にとってながめていたら
藤沢周平」の名前が目に入ってきた
へええ、こんな人の作品が
それまで一度も読んだことはなかったが
読み始めてみるとなかなか、良かった
そして、果たして現代の中学生がこのような作品を
どのように読むのだろうといらない危惧もした


父は藤沢周平ファンだ
お江戸でござる」も好きみたい
以前「これ読むか?」とくれたのは
杉浦日向子さんの本だった


閑話休題



先日、食事中の父に「藤沢周平さんの作品が教科書に出てた」と話した
題は?ときかれても思い出せなくて
短かったよというと、それはたぶん長編の中の一部分だという
これこれ、こんなストーリーでね・・・
ああ、それなら“蝉しぐれ”だな、と父
そのあとがある  結構長い話だ、と



そのあと食卓にその文庫本がおかれていた




江戸城下、組屋敷の(今で言えば中学生くらいの)少年・少女たちの
友情や成長のようすが描かれている
主人公文四郎の父、助左衛門は世継ぎの藩内のトラブルに巻き込まれ
切腹を言い渡される
沙汰は絶対である
いきなりであって泣くひまもない

切腹の直前、許された父との対面の際
わずか16歳の文四郎は
真に言いたいことも言えず聞きたいことも聞けず
深々と一礼するだけだった

迎えに来てくれた親友、逸平に
「何か話したか」と尋ねられた文四郎は
ようやく胸に父への思いが込み上げ
涙が頬を伝う


「言いたいことはあったのだ
だがおやじに会っている間は思いつかなかったんだ
おやじを尊敬していると言えばよかったんだ」


逸平は言う
「そういうものだ  人間は後悔するように出来ている」



私はこの文庫をあるデパートのエスカレーター脇の休憩ベンチで
時間つぶしに読んでいて、大変なことになってしまった



なんだか最近、涙もろいにもほどがある