男  その3

視線恐怖症』 2002年8月14日


カウンター席がいいなと男は言った


目を見ないようにして話をする男を
「自分に似ているな」と女は思っていた
自意識が過剰すぎるのだ、きっと


最近になってやっと女は
仕事をしていく上で
そういう癖を治したほうがいいと思えるようになってきた
しかし
相手の目を見ることがとても怖い
じっと見つめられることも苦手で
視線があうとふっと自分からそらしてしまうのだ



話をする相手が男であろうと女であろうとそれは関係なかった
しかしこの「人の目を見て話せない病」は
この男のほうがさらに重症のようだ
対人恐怖症というのか視線恐怖症というのか
神経症のひとつであることには違いない
けっこうおしゃべりなくせして
また話しながらひとの身体に触れてくることはできるのに
その視線だけは長めの前髪ごしで
しかもほとんどこちらにむけることはない



自分にやましい事がないならば堂々と目を見て話したほうが良いと
女はひとから注意されてもいた
そうなのだろうか
「やましさ」ゆえに視線を避けるのだろうか
もしそうだとしたらいったいいつから「やましさ」「うしろめたさ」を抱えているのだろうか
今に始まったことではない
もしかしたら存在そのものが「やましさ」なのか
そしてこの男も同様に?



自分でおこした事業が今最悪の状態だとその男は言う
その割には深刻さはない


元来こういう性格でね、いつものらりくらり
付き合う女たちは長続きしないですぐ離れてく  向こうから
ペラペラで薄くって、奥がない男だから飽きられるんだろうね
いいんだよそれで そんなもの求めちゃいない
夢中になって家庭をどうのこうのなんてとんでもないから
女もそうじゃないの?適当が一番
適当に男と付き合って適当にきれいになって
家庭は家庭として上手くやる
やましさなんて感じる必要ないんだよ


その言葉に反応した女は思わず男の目をのぞこうとした


おかしなもので、相手に視線を避けられると
気持ちの持って行き場を失ったような気持ちになる
何かをごまかされているような気持ちだ
こういうことなのか


さみしい
女はそう思った



さあ、出ようか

お互い目線を宙に浮かせたまま
真に求めるものをごまかしたまま
女と男は立ち上がった