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病んだり傷んだり


『傷んでいく私』 2002年4月28日


自分が傷んできてるな、と
思うことありますか

初めてそれを意識したのは
今からニ、三年前のことでした



誰かを傷つけてしまったり
傷つけられたりするうちに
徐々にわが身がそこから傷む


正直言うと
傷つけたほうはあまり記憶になくて
傷ついたことばかりを覚えていて

今までの人生での後半部分は
傷つくことか多すぎた

こんな性分なので
笑って済ませたり
自分を納得させてきたけど
そろそろ我慢も限界で


子どもだった頃
若かった頃
「私ってなんていやな人間」なんて
思ったこともなく
「おまえはいい子だ大事な子だ」と
言われ続けて育てられた私は
暴言を浴びることや
誇りを汚されることに
まったく免疫がなかったんでしょう


僻んだり
妬んだり
わざと意地の悪いことをしたり
そんなことができるようになった私も許したくない

これ以上私は私が傷んでいくのを
見ていたくないのです







『壊死した部分』 2002年5月18日


自分の生き方に自信が持てなくなる。
弱気な私が一日に何度も顔を出す。

「なぜ生きているのか」とか
「何のために生まれて来たのか」とか
「生きている価値はあるのか」とか
まるで思春期に戻ったように
青臭いことを考えたりする。
ふらふら、ゆらゆらと
行っては戻り、戻っては行く。
台風が過ぎたあとのように雲が吹き払われて
そうだ、こんなに空は美しいものだったんだと
確かなものの手ごたえを感じたと思えばそれは
するりと手を抜けてしまったりもする。



道を歩く時、気がつくとうつむいている。
人と話す時、なぜかしら目をそらしている。


こてんぱんにやられ、踏みつけられて、
弱点をみごとにつつかれて
私の中のある部分は
半年ほどまえから壊死して元に戻らない。
精神的にやられるということは
見た目に傷こそついていなくても、
ついていないからこそ、痛い。

だけど、それだけではないような気がする。



私は本当に病気なのかもしれない。








『涙』2002年12月12日





本当に絶望的な気分の時には
涙など流れない
何度かそういうことがあって
私は涙を信じることが出来なくなった
悲しみの涙とはどこに住んでいるのか
ウソで虚構で作り物
ここで涙がこぼれれば
涙さえ流れれば
私の立場も変わったかもしれないというのに

涙は私の信用をなくした

そんなときにはかえって
身体の水分が背中のほうから
どこか宙にむかって
放出され蒸発していくような気がするものなのだ

「血の気が引く」に近い感覚
「総毛立つ」これも近い


ベッドに横たわり
隣にいる人の髪を撫でる
そして
指先を額から鼻梁にかけて滑らせながら
思いがけずぽろりと口からこぼれた
こころの奥底にあるもの
言ってしまってからはっとして
あわてて瞼を閉じると
目じりからつーと流れ落ちる水滴

それが涙
私の涙とはそういうときにこぼれるのだ